ごめんね。先に逃げたのは「あたし」だった。
ある日の授業前、
『授業以外の日に、単語練習をしに来るように伝えてください』
そんな指示を中学生担当の社員さんから受けた。
どうやらこの間の期末テストで、単語のスペルミスがかなり多くて、点数もあまりよくなかったかららしい。
正直、そう言われた瞬間に違和感は覚えていた。
中学生とはいえ、そうやって強制することに意味があるのだろうか。
強制すれば、生徒たちは従うだろう。
けど、学校でも、家でも、塾でも、そうやって何かを強制される。
それを強制ではなく「リード」ととらえることもできるだろうけど
「リード」にするためには、まず考えさせる時間
つまり、自分と向き合う時間とそれを受け止める相手が必要だと頭ではわかっていた。
『わかりました』
でも、あたしはそれを誤魔化したんだ。
あたしは、自分の考えをまとめるのに少し時間がかかるタイプで
授業が始まってからも、どうしようか悩んでいた。
そんなあたしの葛藤を生徒たちが知るはずもなく
いつものように、無邪気に騒ぐ笑い声が教室に響く。
「でも、言わなきゃけないよね」
そんな義務感に、あたしは負けたんだ。
『手を止めて、ちょっと前を向いて』
そうして、あたしは話し始めた。
『期末テストの点数、なかなか悲しいことになってたよね』
いつもと同じ少しおどけたトーンだった。
そのまま伝えていくつもりだったけれど、それだと生徒たちはこちらをきちんと向こうとしなかった。
ただでさえ、考えがまとまっていなくて
何をどう話そうか、葛藤して余裕のなかったあたしは、
その態度にイラッときてしまった。
『いつまで、そうやって逃げるの?』
一気にトーンを落とし、ゆっくりと、そして淡々と話し始めた。
自分のその話し方が人を震え上がらせると知ったうえで。
期末テストのこと、日頃の宿題の仕方、再テストを受けずに溜めてばかりいること、テスト直しの答えを写していること・・・
生徒たちが日頃から逃げ続けていた嫌なこと
そして、その事実をただ淡々と突きつけ続けた。
『そのままいけば、どんどん選択肢は減っていくよ?』
『いつまで、そうやって逃げ続けるの?』
そうやってあたしの話す先にあったのは
いつもの無邪気な眼ではなく、少し脅えたような眼。
でも、まっすぐな眼だった。
「こんなことを言いたいんじゃない…」
脅えながらも、まっすぐこちらを向いている生徒たちの眼を見て
あたしはたまらなく後悔した。
でも、もう後には引けなかった。
「言わなきゃいけない」
「今更、カッコ悪い」
そんなよくわからない義務感と、ちっぽけなプライドが邪魔をした。
そして結局、生徒たちに考えさせることも、生徒たちを受け止めようとすることもなく、ただ強制した。
自分に嘘をついたこと
あんなにまっすぐな眼をする生徒たちを受け止められなかったこと
自分を責めるのには、十分すぎる理由だった。
生徒たちに『逃げるな』と言いながら、
先に逃げたのは「あたし」だ。
「この業界に一生いるつもりはないし、
ましてやまだまだ目的意識が低い中学生の授業なんて面倒だ」
そう思っていたけれど、それが何よりの逃げだった。
今、あたしは塾講師としてお金を貰っているし
プロとして、中学生だろうが目的意識があろうとなかろうと、授業を任されている。
そんな現実から、目を背けていた。
あたしは、やっぱり生徒たちには「自分と向き合える」人になって欲しいし
そうやって向き合うことで「自分の人生を生きていける」人になって欲しい。
そして、そのサポートがしたくて、今ここにいる。
中学生だからとか
一般的な教育がどうだとか
そんなものは関係ない。
本当にあの子たちに伝えたかったのは
逃げずに「自分と向き合える」人になって欲しいということ。
そうやって向き合った結果、何かにチャレンジしたいと思ったのなら全力でサポートするということ。
「向き合う」ということは、難しい。
だから、あたしもつい逃げてしまったんだ。ごめんね。
今度はちゃんと向き合うし、受け止めるから。
そう、ちゃんと伝えようと思う。
どんな「今」でも、きちんと受け止めることができるからこそ
未来を変えていくことができるのだと思う。