さよならの先に
身体の芯まで凍えてしまいそうな夜。
寒いのは得意ではないけれど、手袋があまり好きでない私は、
仕事からの帰り道、ボルドーに彩られた冷たい指先を温めながら
1人、寒空の下を歩く。
こんな日の夜空は、なんだかいつもより少し高く思えて 、
寒さで澄んだ空と雲がすごく綺麗だ。
なんだか眠るのがもったいなく感じる、そんな夜が続いている。
それでも眠くはなるし、眠ってしまえば、もちろん朝が来る。
そして朝が来れば、そこからまた新しい1日が始まる。
何も、変わっていない。
自分の想いを言葉にしたいと、少し前に始めたインスタは、
図らずも、あの人への切ない想いで埋まり始め、
切ない想いを綴れば綴るほど、
少しずついいねやフォロワー数が増えていった。
表現者でありたいと願う私にとって
それはもちろん嬉しかったけれど、本当は少し、戸惑ってもいた。
あそこに載せた言葉に嘘は1つもないけれど
私は、四六時中、あの人のことを考えていられるほど器用でも、強くもない。
何より、あの人への想いは、あくまでも私の一部であって、
本当は他にも、形にしていきたい想いがたくさんある。
けれど、増えていくいいねやフォロワー数に、
いつからか、無意識に「求められる私」でいようとして
少しずつ、苦しさや窮屈さを覚え始めていた。
そして、感じずにいはいられない別れの予感。
さらには、仕事でもクレームや上手くいかないことが続き、
あの頃の私は、すっかり自信をなくしてしまっていた。
自分の創りたい世界の不安定さと
周囲から求められる世界の安定さが私を揺さぶり、
自分がどこに向かいたいのか、わからなくなり、
そこから進むことも、戻ることもできずに、
踏み出そうとしていた世界の前で
私は、ずっと前から
動けなくなっていた。
そんな得体の知れない何かに怯え
ただその場に立ち尽くし、焦点の合わない
ぼやけた毎日をただ眺めているしかなかった。
そんなときだった。
あの人から「さよなら」が届いたのは。
いくら予感していたとは言え、
本当に久しぶりに心から愛しいと思えた人だったから
もちろん、悲しみはあった。
けれどそれ以上に、
「君の本当に創りたい世界は、そんなもんじゃないだろ?」
まるで、そう言われたような気がしてならなかった。
そうだ。こんなところで、
止まってる場合じゃないんだ。
不器用な私たちは自分たちの抱く夢について、
じっくり話をするようなことはしなかったけれど
それでもお互いに挑戦したい夢や創りたい世界を
持っていることは知っていたし、
少なくとも私は、そういうところも好きだった。
そして、先に1歩を踏み出したのは、あの人だった。
なんだってそうだった。
2人で一緒にいることを決めるときも、
出かける行き先を決めるときも、何を食べるか決めるときも、
そして、別の別の道を歩むことを決めるときさえも。
いつもあの人は、私の半歩先にいた。
そして、本当はそれを望んでいるのに踏み出せずにいる私を
いつも、引っ張っていってくれた。
このさよならの先に、もうあの人はいないけれど、
この道をまっすぐ突き進んでいけばまたどこかで、
半歩先にいるあの人の姿が見えてくるような気がする。
そしてきっとそのときは、
半歩後ろではなく、ちゃんと隣を歩いていけるような気がする。
だから、振り返らない。
このさよならの先へ
前を向いて、1人、進んでいこうと思う。