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本当に大切な人を ちゃんと大切にできる私に。

スーツ

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そろそろ春物が着たくなって、こないだ一目惚れしたオレンジのトップスに袖を通してみる。

 

 

「・・・まだ、これだと寒い、か」


そうひとり呟いて、いつ頃、着れるのだろうと、おそらく遠くはないその日に想いを馳せながら、それを元の場所に戻す。日中はだいぶ温かくなったとはいえ、まだ朝晩は肌寒い。そうなると完全に春物とはいかないが、せめて少しずつ冬から春に変えてきたい。けれど、寒いのは嫌だ。

 

結局、濃い紫のニットに、白のワイドパンツを合わせることにした。
この冬、活躍したショートブーツではなく、パンプスを履き、家を出る。

 

信号が青から赤に変わる。ふと、目をやると、パンツスーツ姿の女性が2人、何やら手帳を開けながら話をしている。1人はグレー、もう1人は紺のスーツだ。そういえばスーツなんて、もう5年以上、着ていない。

 

 

「私にも、あの道があったんだよな」

 

パンツスーツを着こなして、毎朝決まった時間に出社して、同僚がいて、しばらくすれば後輩ができて、昇進だ、昇給の話があって・・・そんな「組織」の中でイキイキと活躍するキャリアウーマンに憧れた時期もあった。今でも少し、羨ましく思ったりもする。

 

なにかを真剣に何かを話し合っている彼女たちから、視線を自分のワイドパンツとパンプスに戻す。

 

 

「いや、私はこれでいいや」

 

会社という「組織」の中で働くのは、向かないと選んだ道。あの時は、組織の中に入れば、おそらくその一部と化してしまう自分の平凡さを認めたくなくて、ただの強がりから選んだのかもしれない。それでも、この道でよかったと今は思う。


そんな私も今年で30歳。世間一般の30歳に比べれば、経済的にも精神的にもまだまだ不安定なところは否めないけれど、それでも、これが私の選んだ道だ。そして、これからも、迷いながら、悩みながら、ときに歯を食いしばりながら、それでも、私は誰も知らないこの道を、歩んでいきたい。

 


信号が青に変わる。


そのことに気付かず、まだ夢中で何かを話している彼女たちに心の中で別れを言って、私は歩き出した。