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日常で感じたことを 感じたままに綴るブログ。自分の心に。誰かの心に寄り添いながら。

夢と現実と15年前と<2>

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なんだか不思議な感覚を覚えることが多かった2017年12月。
その締めくくりに相応しいというべきなのか、2018年を迷わずスタートするためにというべきなのか、

仕事納めまであと2日と迫った日。

あまりに懐かしく、そして何ひとつ変わらない笑顔で、彼は私に笑いかけていた。

 

marinashimazu.hatenablog.com

 

 

これを書いた10日後、つまり彼の夢を見た10日後、
共通の友人からLINEが届いた。

「明後日、ユウキが帰ってくるんやけど、久々に集まらん?」

成人式に会って以来だから、約10年振りの再会。
しかも、あんな夢を見た10日後。断る理由なんてなかった。


中学時代の同級生のカズを加えて、4人での再会。
何の縁か、共通していたのは、不規則な仕事をしていることぐらいで、あとは結婚していたり、子供ができていたり、
15年前、同じ教室で同じ時間を過ごしていたときとは明らかに、違う世界をそれぞれ生きていた。

 

もうすぐ30歳。世間ではもういい大人だ。

正直なところ、こういう再会の場にはあまり行きたくなかった。

自分で選んだ道とはいえ、きちんと就職していないうえに、結婚の予定すらない自分がなんだか惨めに思えて、世間一般のアラサーの少数派として、好奇の目に晒されるのが嫌だったからだ。

「で、お前は今、何やってんの?」

一通り、軽口をたたいて笑った後、カズが発した言葉に、自分の顔が引きつるのがわかった。

「あーうん、塾講師だよ。でも、正社じゃないからねー」

少しずつ聞かれて、徐々に変な空気になっていくくらいなら、先に自分から言ってしまった方が楽だ。

そう思って、なるべく平静を装って答えた。
胸の奥が少し痛むけれど、大丈夫。絶対に伝わらない。
だって、私はそうやってずっと本心を隠して生きてきた。見破られたことなんて1度もない。

 

 

 

 

「お、俺も。俺もー!日雇い、日雇い!」

"医師"という明らかに世間から見て、私とは別世界にいるカズが声を上げる。

「お前は超、高日給だろー」
「どれぐらいの子たちを教えてんのー?」

変な空気になるどころか、まるで何事もなかったかのように会話が進む。

センター試験かぁー?あれー記述だっけ?」
「いや、思いっきりマークだろ!てか、お前も受けたやろ?」


ああ、そうだ。
彼らは、こういう人たちだった。

非正規だろうと、未婚だろうと、どんな仕事をしていようと、
どんな人間だろうと、彼らにとって全く関係ない。
常に"その人"という1人の人間としてしか見ていない。

15年前からずっと。何も変わらない。

そうだ。私はずっとこの世界で生きていたんだ。
昔から些細なことで傷付きやすかった私はずっと、


この世界に、彼らに守られて、生きてきたんだ。

slow start

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年末までの喧騒がまるで別世界のことだったように思える
実家で過ごす穏やかな2018年の始まり。

目が覚めたら、2017年は終わっていて、
当たり前だけれど、何もしなくても、2018年が始まっていた。

海と山に囲まれた片田舎。
築何年かわからないほど年季の入った実家で、母が作ったお節を家族3人で食べて、年始の特番を観ながら、こたつで居眠りをする。

決してインスタ映えするようなお正月ではないし、
自分が孫の顔どころか、結婚の報告すらできない娘であることに、
罪悪感を覚えないわけではないけれど、それでも、

何も頑張らなくても、迎えることができた幸せな2018年の始まり。

もちろんその裏には、母さんの必死の準備があって、
父さんも、たぶん何かをしてくれていて(笑)
だからこそ、私はこうして肩の力を抜いて、過ごせる。


気が付けば、肩に力が入っていて、
とはいえ、がんばることや成長していくことが趣味みたいなものだから、
きっと0にすることはできないし、する必要もないけれど、


「何もしなくても、幸せ」


2018年は、この感覚を大切にしていきたいと思う。

何もしなくても、何もがんばらなくても、今のままの私でそこにいてもいい。そして、それでも十分、幸せだということに気付く。

さらに、その幸せに気付くことで、そうさせてくれる周りの存在に感謝することもできれば、なおよし。

 

2018年の目標とか、2019年どんな年にしたいとか、
色々と考えてみたけれど、どうもしっくりこないから、
今年はとりあえず、具体的な目標は何も立てないことにした。


「何もしなくても、今のままでも、充分幸せなんだけれど、色々とやっていみたいから、色々とやってみるし、疲れたときは休む」

たぶん、このくらいが調度いいような気がする。


今年はこんなスロースタートが、今の私らしい気がするから。

 

 

そう思わせてくれた2017年12月に起こった奇跡について
少しずつ書いていこうと思います。
 

marinashimazu.hatenablog.com

 

 

夢と現実と15年前と

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昨日、久々に1日中動き回ったからなのか
何度か目を覚ました記憶はあるものの、結局、昼過ぎまで眠っていた。


少し前までは、眠っているときに夢なんて全く見ることがなかった。
それくらい「眠る」ということに没頭していた。

けれど、最近はよく夢を見るようになり
目が覚めていたとしても、夢の余韻に引きずられる。

どんな夢だったかは、ほとんど覚えていない。
けど、良い目覚めではないことは確かだ。
お腹の底のほうから何とも言えない感情が押し寄せてくる。

 

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けれど、今日は違った。


見た夢の内容というよりも、
ある瞬間だけが鮮明に記憶に残っていた。

中学の頃、兄弟のように仲が良かった男の子が目の前に立っていて
どんな内容だったのかわからないけれど、
何かに固執して、周りと溝を深めてしまった私に


「本当、お前のそーゆーところが、心配なんだよ」


そう呆れているのか笑っているのかわからない顔で
けれど、とても優しい眼で私を見ていた。

 

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なぜ彼だったのか
なぜその瞬間だけ覚えているのか

全く見当もつかないけれど、
ただいつも夢から覚めたときのような後味の悪さはなく

すごく温かいものが私を包んでいた。
初めてではない、どこか懐かしい感覚。


しっかりと働くようになった頭で、少し思い出してみると
そういえば、彼はいつもあんな顔をして、あの瞳で、
すぐに敵を作ってしまう私を見ていたような気がする。

夢のようにはっきりと想いを口に出すことはなかったけれど
それでもいつも、彼の温かさに救われていた。

幼かった私は、そのことに気付くことなく、
クラスの女子の中で、自分の孤立が深まっていく中
彼のことすら、信じられず、心を閉ざし始めた。

「私は1人なんだ。でも、1人でも、生きていってやる」

はっきりとした記憶ではないけれど
あの頃の私は、そんなことを強く心に決めていたような気がする。

 

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今と、同じ。

仕事に対しての情熱を見失い、職場の人たちと距離をとり、
全て自分で選んだこととはいえ、孤立を感じずにはいられない今。

「私は1人なんだ。でも、1人でも、生きていってやる」

そう、肩に力を入れていたような気がする。


約15年前、そうやって肩に力を入れていた私に、
唯一、彼が言葉にしてくれた想いがあった。

「そんな辛そうな眼して、笑うなよ」

その先のことはもう、覚えていないけれど
今、その言葉をかけられたら、間違いなく涙腺が崩壊する。


私、無理、してたんだ。

 

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夢の中で、また彼がそれを教えてくれたのかもしれない。


どんなに1人だと思っていても、
どんなに頑なに心を閉ざしていても、

いつも必ず、それに気付いて、手を差し伸べてくれる人がいた。

1人なんかじゃなかった。

不器用でも、敵を作りやすくても、
心を閉ざしてしまっても、

いつも誰かが私をちゃんと見てくれていたからこそ
今こうして、私がいる。決して、1人でここまで来たんじゃない。


もう少し、肩の力を抜こう。
大丈夫、いつも誰かは必ず見てくれている。

私は私の道を、誰かに見守られながら、助けられながら、
歩いていこうと思う。

15年越しに、また助けてもらったように。

そんな普段は弟のようで世話が焼けたけど
本当はお兄ちゃんのように見守ってくれていた彼は

今、元気にしてるんだろうか。


「ありがとう。私は、大丈夫だよ」

 

世界は、ひとつなんかじゃない。

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さっきまで、なんともなかったはずの笑い声が
急に、耳にまとわりつき始める。

そうやってよく笑うところも、オーバーリアクションで、空気の読めないところも、それでいて人懐っこくて、いとも簡単に人から愛されてしまうところも全て、吐き気がするくらい嫌いだ。

この瞬間、私は彼女の世界に入り込んでいく。

彼女という人間の中から、私自身を眺め、
そして、彼女を通して、自分に自分でダメ出しをし始める。

「私にとってはこれが普通なのに、なんであなたにはできないの?」

彼女には当たり前にできて、私にはできないことを探しては、そうやって、嫉妬や不安を自分で、生み出していく。

 

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「世界は、ひとつだ」

なんて一体、誰が言い出したのだろう。
この言葉を聞いて、真っ先に思い浮かぶのは、まだ他人の世界なんて知らなかった小学生の頃に音楽の授業で歌った「小さな世界」という曲だ。

世界はせまい
世界はまるい
世界はおなじ
ただひとつ  

 
この歌詞に別のメッセージが込められていることくらいわかっているし、だからこの歌詞を批判しようなんて思ってもいない。
ただ、私の心にはそのメッセージではなく、別の形で思いのほか強く残っていただけのこと。


「同じでなければいけない。ひとつでなければいけない」と。

 

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けれど、私たちは一人一人、見えてるもの、感じてるものが違う。


それを言葉に表現できていないだけで、私たちはきっと微妙に違う世界を毎日見ながら生きているのだと思う。


そうやって自分が見て、感じたもので創られた、自分だけの世界で、私たちは生きている。 
そして、それぞれの世界の一部を誰かと共有し、そしてまた別の部分を別の誰かと共有し、そうやって複雑に絡み合ってこのは世界が出来ているのだと思う。

だから、世界は同じでも、1つである必要もないし、
一方で、「自分」という世界は、1つしかない。

唯一無二の存在なのだから、他の誰とも比べる必要なんてないはずなのに、たくさんの人が人と比べてしまうことに悩み、苦しんでいる。

SNSを通して、自分以外の誰かの世界を感じやすくなった今、
そこに溢れている一見、魅力的で、同じように見える世界が全てのように思えてしまうから

私たちは、どうしても自分の世界を見失いやすい時代に生きているのかもしれない。

 

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私もよく、誰かの世界に入り込んでしまう。

もちろん、それはいわゆる共感力として、強みになることもあるし、誰かの世界を知ることは楽しい。
けれど、使い方を誤れば、それはすぐに嫉妬や不安を生み出してしまう。

だから、最近は特に何か強い感情を感じたときは「今いるのは自分の世界なのか、他人の世界なのか」意識するようにしている。

そうするようになって、かなり楽になった。
それと同時に、今までの自分を好きになるだとか、自分を信じるという意識が、どれだけ根性論で、苦しいものだったのかにも気付けた。

 

世界は、ひとつなんかじゃない。

今、あなたがいるその世界は、一体、誰の世界?


私の世界と、誰かの世界は違って当然なのだからこそ、
自分の世界を見失わないように、
自分という世界を守り、育てながら、
今この瞬間に幸せを感じながら、生きていけたらなと思う。

そして時々こうやって、自分の世界の一部を誰かとシェアすることも楽しみながら。


私は、私の世界を生きていきたい。

 

December...

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「他人の不安や迷いが好きだ」


日々、不特定多数の人の目の前に自分を晒して、
それと同時に不特定多数の人間に一挙一動を監視されている有名人や芸能人がもし、
そんなことをブログやTwitterに書こうものなら間違いなく、

"炎上マーケティング"とやらが成功してしまいそうなこの台詞。


一方で、あなたのよく知る友人が急にそんなことを真顔で言い始めたりなんかしたら、
あなたは血相を変えて、その友人の精神状態を心配するかもしれないし、

もしかしたら、そんな変な人とは距離を置くことを決めるかもしれない。


いずれにせよ、私は有名人でも、あなたの友人でもないので
心置きなく、公言することができる。


「私は、他人の不安や迷いが好きだ」

 

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そうは言っても、残念ながらこれから先、
反社会的で、過激な趣向を書き連ねていくわけでもない。

表現こそ過激かもしれないが、
いたって健全な思考だと自分では思っている。

振り返ってみれば、
少なくとも物心ついたときにはもうすでに
この思考は、私の中に存在していた。

おそらく、生まれ持ったものなのだと思う。

とはいえ、その頃から自覚していたわけではなく
自覚したのは、本当についこないだのこと。

  

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12月。

師走とも呼ばれる1年最後の月。
1年の中で、私はこの月が1番、「自分」を感じられる。

街はクリスマスムード一色で、いたるところにイルミネーションが光り、秋から冬へと徐々に冷たくなる空気の、あの凛とした感じと星空の美しさがたまらない。

そんな風に季節を感じられるからでもあるけれど、
それとは別に、もう1つの理由がある。

 

それは「センター試験まで、約1ヶ月」ということ。

祝日や大型連休は関係なし、勤務時間も特殊で
基本的に世間と隔離されていると揶揄されがちな私のいる塾業界も
師走という点に関しては、世間と足並みをそろえることになる。

いわゆる「受験シーズン」だ。

特に高3生メインで担当している私にとっては
ここが1番の山場となる。

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この時期、指定校や推薦入試で一足先に受験生を終える子もいれば、
不合格という現実を突きつけられる子もいる。

一般入試組にとっても、
どこか先の話だった受験が、センター試験までの日数が
40を切ったあたりから、いよいよ現実味を帯びてくる。

同じ教室で、同じ授業を受け、同じテストに向けて勉強し、
同じ「高校生」だったクラスメイトたちが、自分が経験しないことを経験していく。

そうやって、共感できることが少しずつ減っていく。

高校生という同じ人間の集まりだと思っていたクラスが、
実際は、全く別の人間の集まりだったことに気付き、

孤独と耐えがたい不安に襲われる。

少し残酷だけれど、自分をしっかりと持った大人になるには、
それもまた必要な孤独や痛みだと、私は思う。

 

周りと自分を比較し、否が応でも
クラスメイトや友人との「違い」を感じる。

そしてその結果、これまで見ないようにしてきた
不安や迷いが顔を出し始める。

もちろん、その種類も度合いも様々で、
同じ不安や迷いなど存在しないし
それを口に出す子もいれば、出さない子だっている。


そして、口に出す出さない関係なく、
毎年この月になると、どんなに気丈に振る舞おうとも
私には1人1人の全身から、強い不安や迷いが伝わってくる。

 


そうやって日々、生徒たちの不安や迷いを感じながら、
私は少し、ランナーズハイに似たような感覚に陥るのだ。


「いよいよか」

 

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私はどちらかといえば、多感なほうで、
だからこそ、人がたくさんいるとすぐに疲れてしまう。

その人たちが抱く感情が強ければ、尚更。

ただ、今こうして生徒たちが抱く不安や迷いは違う。


最終的に、そこを乗り越えるのは本人たちだけれど

おそらく、それを乗り越えていくための手助けが
私にできると確信しているからだろう。


よく「心、読みました?」なんて言われることがあるくらい
生徒たちの抱える不安や迷いが手に取るようにわかる。

そして、だからこそ、それに寄り添うことができる。

さらに、これまでそうやってこの12月を一緒に過ごしてきた
生徒たちを通して培った単なる点数稼ぎではない
メンタル面からのアプローチも兼ね添えたセンター英語を教える技術がある。

それが存分に生かせるのが、この12月なのだ。

もちろんそれは、魔法でもなんでもないし、
人間同士のことなので、絶対なんてことはありえない。

それでも、私はこの12月に生徒たちが抱える不安や迷いの先に、
確かな未来を感じている。

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これまで経験したことのない不安や孤独に押しつぶされそうな中、
必死に自分と闘おうとしている生徒たちが
ひと周りも、ふた周りも成長した未来を

私はそこに、感じずには、いられない。


人の抱える不安や迷いの先には、必ずその人が心から望む未来がある。

そしてその未来のために、
私自身にできることがあると感じられたとき

私は、最高に生を感じることができる。
自分自身がこのために生きていると強く、実感できる。


だから、私はやっぱり、

 

「他人の不安や迷いが好きだ」

そこには私の生きがいと、
その人の心から望む未来が詰まっているから。

 

純粋。だから、あまのじゃく

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ショッキングピンクにゴールドの模様。
ど派手なセンスの塊。

明らかに他とは違うオーラを放つ
中島美嘉のオーディオブックに、それは書かれていた。


***

仕事が休みの今日は少し早めに起きて、
簡単なトレーニングを済ませ、シャワーを浴びる。

朝食代わりのプロテインを飲みながらインスタを更新して
お気に入りの真っ白なデスクに向かい、
最近始めたばかりの、まだ新しい英語のテキストを開く。

充実した、理想の1日の始まり。

 

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の、はずだった。

まだなじみのない英単語の羅列を眺めていたら、
昨夜の夜更かしが祟ってか、抗えないほどの睡魔に襲われた。


「30分だけ・・・」


そう思ってベッドに横になって、
目が覚めたときには、30分が4回も過ぎていた。

明らかに寝すぎて、働かなくなった頭でコーヒーを淹れながら
ブラックのまま胃に流し込み、強制的に覚醒させようと試みる。


「もう、かかってくることはないんだよね」

スマホの画面には、無意識に開いたのか通話履歴と
そこに並ぶ、無機質な文字で書かれたあの人の名前があった。

 

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数時間前の私は一体どこへ行ってしまったのか
一気に、センチメンタルモードに切り替わる。

その瞬間、

いつになったら結果が出るのかわからないトレーニングも
時間とお金をかけてやる英語の勉強も
前向きな自分の言葉も

全て、馬鹿らしく思えてくる。


我ながら、ジェットコースターみたいな思考回路だと思う。

そんな落差の激しい自分に振り回されて
かれこれもう、28年になる。

 

https://www.instagram.com/p/BYmnVAVhBZN/


そして、いつも思う。

「彼女たちのように、生きていけたらいいのに」

私が惹かれる女性は皆、強く、美しい。
自分を貫くという強さが、私には何よりも美しく感じる。

間違いなくそこに惹かれているにもかかわらず
つい、表面的な部分に振り回されてしまう。

そして、その人のマネをして、その人になろうとしてしまう。


でも、

純粋でも
あまのじゃくでも
アーティストでも
表現者でも
センスの塊でも

何だっていい。


大切なのは「自分を生きている」かどうかということ。

 

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ジェットコースターのような浮き沈みの激しい思考回路だろうと
1人が好きな人見知りの癖に、寂しがり屋だろうと、
熱しにくく、冷めやすい性格だろうと、


結局のところ、それが「私」なのだ。


そんなところを他の誰かの真似をして隠したところで
きっと、それは堂々巡りでしかなくて

いつまでたっても、私が惹かれるような女性にはなれないだろう。


姿形は変えることができても、
感じることは、変えることができないのだから。

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感じることこそ「自分という存在」の象徴であり、

だから私は、こうして感じたことを言葉したい衝動に駆られる。
きっとそうすることで、

自分という存在を再確認しているのだと思う。


この先に、何があるのかはまだわからないけれど、
とにかく続けてみようと思う。

必要ないと感じるその時まで。


自分を感じながら、自分を生きていくために。

 

さよならの先に

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身体の芯まで凍えてしまいそうな夜。

寒いのは得意ではないけれど、手袋があまり好きでない私は、
仕事からの帰り道、ボルドーに彩られた冷たい指先を温めながら
1人、寒空の下を歩く。

こんな日の夜空は、なんだかいつもより少し高く思えて 、
寒さで澄んだ空と雲がすごく綺麗だ。

なんだか眠るのがもったいなく感じる、そんな夜が続いている。


それでも眠くはなるし、眠ってしまえば、もちろん朝が来る。
そして朝が来れば、そこからまた新しい1日が始まる。

何も、変わっていない。

 

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自分の想いを言葉にしたいと、少し前に始めたインスタは、
図らずも、あの人への切ない想いで埋まり始め、

切ない想いを綴れば綴るほど、
少しずついいねやフォロワー数が増えていった。

表現者でありたいと願う私にとって
それはもちろん嬉しかったけれど、本当は少し、戸惑ってもいた。


あそこに載せた言葉に嘘は1つもないけれど
私は、四六時中、あの人のことを考えていられるほど器用でも、強くもない。

何より、あの人への想いは、あくまでも私の一部であって、
本当は他にも、形にしていきたい想いがたくさんある。


けれど、増えていくいいねやフォロワー数に、

いつからか、無意識に「求められる私」でいようとして
少しずつ、苦しさや窮屈さを覚え始めていた。


そして、感じずにいはいられない別れの予感。

さらには、仕事でもクレームや上手くいかないことが続き、
あの頃の私は、すっかり自信をなくしてしまっていた。

自分の創りたい世界の不安定さと
周囲から求められる世界の安定さが私を揺さぶり、

自分がどこに向かいたいのか、わからなくなり、
そこから進むことも、戻ることもできずに、

踏み出そうとしていた世界の前で
私は、ずっと前から

動けなくなっていた。

 

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そんな得体の知れない何かに怯え
ただその場に立ち尽くし、焦点の合わない
ぼやけた毎日をただ眺めているしかなかった。

そんなときだった。


あの人から「さよなら」が届いたのは。

いくら予感していたとは言え、
本当に久しぶりに心から愛しいと思えた人だったから

もちろん、悲しみはあった。


けれどそれ以上に、


「君の本当に創りたい世界は、そんなもんじゃないだろ?」


まるで、そう言われたような気がしてならなかった。


そうだ。こんなところで、
止まってる場合じゃないんだ。

 

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不器用な私たちは自分たちの抱く夢について、
じっくり話をするようなことはしなかったけれど

それでもお互いに挑戦したい夢や創りたい世界を
持っていることは知っていたし、

少なくとも私は、そういうところも好きだった。

 

そして、先に1歩を踏み出したのは、あの人だった。

なんだってそうだった。

2人で一緒にいることを決めるときも、
出かける行き先を決めるときも、何を食べるか決めるときも、

そして、別の別の道を歩むことを決めるときさえも。 

いつもあの人は、私の半歩先にいた。

そして、本当はそれを望んでいるのに踏み出せずにいる私を
いつも、引っ張っていってくれた。


このさよならの先に、もうあの人はいないけれど、
この道をまっすぐ突き進んでいけばまたどこかで、

半歩先にいるあの人の姿が見えてくるような気がする。

そしてきっとそのときは、
半歩後ろではなく、ちゃんと隣を歩いていけるような気がする。


だから、振り返らない。

このさよならの先へ
前を向いて、1人、進んでいこうと思う。